【研究のポイント】
・高圧下における蛇紋石(アンチゴライト)の結晶構造を第一原理計算により決定した。
・アンチゴライトは圧力が増加するにつれて組成・構造が変化することが示された。
・沈み込みプレートによって運ばれる蛇紋石は、高圧下で徐々に脱水する可能性がある。
【研究の概要】
蛇紋石(アンチゴライト)は含水鉱物であり、地球内部への水の重要な運搬役として、また深度約200kmまでの地震発生トリガーとして知られている。しかし、その結晶構造は複雑であり、温度や圧力条件によってポリソームと呼ばれる構造・組成的変調を生じることが示唆されている。しかし地球内部の高温高圧下で、アンチゴライトのどのポリソームが安定であるか、あるいは支配的であるかはよくわかっていない。本研究では、アンチゴライトのいくつかのポリソームを第一原理計算により計算し、それらのエンタルピー(静的0Kにおける系のギブス自由エネルギー)を比較することにより、圧力の関数として安定な構造を決定した。その結果、アンチゴライトの構造と化学組成は高圧下で変化し、その結果、沈み込む過程で水が徐々に放出された可能性が高いことがわかった。本研究で報告されたポリソームの変化によって観測により報告されている中深部地震の分布を説明できるかもしれないことが示された。
アンチゴライトは、地球上で最も豊富な含水鉱物である蛇紋石の一種である。この鉱物は沈み込む海洋プレートにおける地球深部への水の主要な運搬役であると広く考えられている。その結晶構造はa軸に沿って波状の構造を持ち、自然界では異なるm値(m=13-24)を持ついくつかのポリソームが確認されている(ポリソマティズム)。m値はその1波長に含まれるSiO4四面体の数として定義され、八面体層と四面体層の間の長さの違いによって制御される(図1)。この長さは主にMgO6八面体とSiO4四面体のサイズに起因するため、圧力と温度の関数として変化すると予測される。しかしながら、アンチゴライトのm値が地球内部の高圧高温条件下どのように変化するかはよくわかっていない。
本研究では第一原理電子状態計算法を用いて物質の安定性を司る自由エネルギー量(エンタルピー)を計算し、異なるm値をもつアンチゴライトの安定性を比較した。その結果、アンチゴライトの安定なm値は徐々に減少していくことが判明した。言い換えると、アンチゴライトは圧力と共に徐々に脱水しながら短い波長をもつ構造へと変化する。
このことは、地球深部に沈み込んでいる海洋リソスフェア中のアンチゴライトの構造が、徐々に常圧や地表近くの圧力条件で観察されるアンチゴライト(m=17)とは異なるポリソーム構造に進化している可能性を示唆している(図2)。このようなm値の変化は、都度軽微な脱水反応を伴う。沈み込み帯における岩石・鉱物中の水の量が変化することによって、アンチゴライトのポリソマティズムは、二重地震帯の観測など、稍深発地震の分布に影響を与える可能性がある。(土屋旬)
First-principles investigations of antigorite polysomatism under pressure. Jun Tsuchiya, Taiga Mizoguchi, Sayako Inoué and Elizabeth C. Thompson, Journal of Geophysical Research: Solid Earth, 129, e2023JB028060,2024,DOI:10.1029/2023JB028060