第一原理計算による核マントル間硫黄分配予測(2023.6.30)

地球核は純鉄に比べて5-10%密度が低いことが知られています。この原因は一般に水素、炭素、酸素、ケイ素、硫黄などの鉄と比べて軽い元素が含まれることに起因していると考えられています(Birch, J. Geophys. Res. 57, 1952)。この中でも硫黄は、マントル中において宇宙存在度と比べて極端に枯渇していることや、常温常圧において高い親鉄性を持つことから、その密度の低さを説明する可能性の高い元素の一つです。しかし、実際に軽元素が核へと溶け込んだと考えられる地球深部環境における温度圧力条件での硫黄の親鉄性を調査した研究は、実験手法によって大きく異なる結果を報告しています。例えばマルチアンビルやピストンシリンダー(MA&PC)を用いた硫黄の金属―ケイ酸塩間の分配実験 (Rose-Weston et al., Geochim. Cosmochim. Acta 73, 2009他)では~25 GPaまで強い親鉄性が報告されたのに対し、最近のダイヤモンドアンビルセル(DAC)を用いた分配実験 (Suer et al., Earth Planet. Sci. Lett. 469, 2017)では45-90 GPaにおいて比較的弱い親鉄性が報告されました。このことから前者では硫黄は地球核の主要軽元素に成り得るのに対し、後者では硫黄は地球核の主要軽元素と成り得ないという主張がそれぞれなされています。つまり高温高圧下における硫黄の分配実験の結果にはこういった大きな論争が存在しているためにその親鉄性は依然として不明瞭であり、理論的な検証が望まれる状況にあります。
本研究では第一原理熱力学積分分子動力学法に基づく自由エネルギーシミュレーション(Taniuchi and Tsuchiya, J. Phys.: Cond. Matt. 30, 2018; Xiong et al., J. Geophys. Res. 123, 2018; Xiong et al., Geophys. Res. Lett. 48, 2021)を実施し、超高温超高圧を含む温度圧力条件(20-135 GPa, 4000-5000 K)における液体鉄―溶融ケイ酸塩間の硫黄分配挙動の予測を行いました。この手法は本来計算困難な液体のエントロピーの計算をせずに自由エネルギーが計算可能な手法です。そして自由エネルギー計算を行うことにより元素分配反応の安定性が計算可能となります。この研究から硫黄の地球深部においての分配挙動を調べその親鉄性を確かめることから、地球核の主要な軽元素が硫黄である可能性を探りました。それと共に前述の実験手法の違いによる結果の対立の原因究明を試みました。

fig.2本研究は硫黄が20-135 GPa, 4000-5000 Kにおいて30-3000倍多く(分配係数logDS = 1.5-3.5)鉄液体へと分配されることを示しました(グラフ参照)。この結果を過去の研究と比較すると硫黄はMA&PCが示すような強いものか、もしくはそれ以上に強い親鉄性を持つと言えます。またこのことから本研究の結果はDACの結果とは異なり、硫黄は過去、地球核に多量に分配されたと推測されることから、地球核の主要な軽元素が硫黄である可能性を支持するものとなっています。加えて本結果を基に最小二乗法による硫黄分配のモデリングを行いました(グラフ中実線)。これによると硫黄の親鉄性の圧力依存性はDACが示しているような比較的小さいものであり、温度依存性はMA&PCとDACの中間的なものであるという結果を示しました。
本研究は鉄液体中の酸素量の増加に伴い硫黄の親鉄性は減少し、硫黄の親鉄性の鉄液体中酸素量依存性が負であることを示しました(これは実験研究の結果と同様です)。そして、鉄液体中の酸素量を増加させた場合の硫黄分配のモデリング(赤実線)による予測はDACのモデリング(青点線)による予測と比較的近いものとなります。また常圧では鉄液体への酸素の溶解度はほとんどありませんが高圧においてその溶解度が上昇することが知られており(Wood, et al., Nature 441, 2006)、実際に比較的高圧において行われたDAC実験では鉄液体への酸素の溶解が認められます。以上のことからDAC実験が報告した硫黄の弱い親鉄性は高圧における鉄液体への酸素の溶解が原因の一つであることが考えられます。(伊藤 慧, 大学院理工学研究科博士後期課程1年)

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