六方最密構造(hcp)の鉄のレオロジー(2023.6.30)

地球中心に位置する固体金属の内核には、南北方向に伝播するP波が赤道方向に伝播するものに対し約3%も高速となる大きな地震波異方性が存在することがわかっています。この内核の異方性の成因には、さまざまなメカニズムが提唱されていますが、現在までに一致した見解が得られていません。内核の年齢(内核冷却速度の逆数に相当)と内核粘性率の値によって内核で支配的となる力学的なメカニズムが異なるとされていますが、内核年齢と粘性率はよく制約されていません。このため、異方的内核成長、熱対流をはじめとするいくつものメカニズムが現在の内核ダイナミクスの支配的メカニズムである可能性を持っています。内核の粘性率は内核を構成する六方最密構造 (hcp) 鉄の流動変形の力学的性質(レオロジー)によって決まっていると考えられるため、hcp鉄の高温高圧でのレオロジーの理解が必要です。しかし、この物質のレオロジーについての従来の研究は600 K以下の低温に限られており、内核で卓越する変形機構を明らかにするものではありませんでした。本研究では、内核異方性形成メカニズムに制約を与えることを目的として、内核で卓越する変形機構が出現する可能性が高い高温での高圧変形実験を行い、hcp鉄のレオロジーを決定しました。
 実験は高エネルギー加速器研究機構、PF-AR、NE7Aに設置されているD111型変形装置 とSPring-8、BL04B1に設置されているD-DIA装置SPEED-MkⅡ-Dを用いて行いました。出発物質として直径0.55 mm、高さ0.5–0.6 mmに成型したbcc鉄焼結多結晶体を用いて、hcp鉄が安定となる高温高圧下で変形実験を行ないました。変形の条件は温度423–923 K、圧力16.3–22.6 GPa、一軸圧縮歪速度1.5×10–6–8.8 ×10–5 s–1です。実験中の試料が受けている差応力は約60 keVの放射光単色X線を用いた二次元X線回折により測定し、歪はX線ラジオグラフィーにより決定しました。
それぞれが複数の変形ステップからなる11回の実験を行い、合計37の変形条件での定常流動応力を決定しました。結果を圧力17 GPaに規格化したものを図に示します(横軸: 差応力、縦軸: 歪速度)。結果をもとに総合的に判断すると、約800 K以上の高温とそれ以下の低温では、それぞれ異なる変形機構が卓越していることが示唆されます。まず、高温機構は応力指数 (n) が4.0 ± 0.3、活性化エンタルピーが圧力17 GPaでは260 ± 20 kJ/molであり、格子拡散が律速するべき乗則転位クリープであると考えられます。いっぽう、低温機構は転位芯拡散が律速する低温型転位クリープであると考えられ、また約700 K以下では顕著なべき乗則の崩壊を伴っています。地球内核は融解温度直下の高温状態にあります。内核条件で高温機構のべき乗則転位クリープが支配的であると仮定し、融点規格化に基づいた見積もりを行うと、内核条件でのhcp鉄の粘性率は約1019 Pa s以上の高い値を持つことが示唆されます。この粘性率の値から、内核の支配的ダイナミクスは「異方的内核成長」(液体の外核からの固体の析出が内核表面の赤道方向で優先的に起こることに起因する変形)または「内核併進運動」(外核に対し内核が移動し内核表面の片側では融解が反対側では析出が生じ続ける状態)である可能性が示唆されます。(西原遊)

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