深いマグマオーシャン中での希土類元素分配挙動の研究(2023.10.20)

地球はかつてジャイアントインパクトによって溶融した深いマグマの海に覆われていたとされています。そのマグマの海の結晶化によって初期地球マントルの化学的成層構造が形成され、その影響が現在の地球にも残っている可能性が考えられます。その一例として、地球のコア-マントル境界直上に存在する地震波低速度異常領域は、このマグマの海の結晶化過程で固まらずに残った鉄に富む重いケイ酸塩液体である可能性が指摘されています(ベーサルマグマオーシャン仮説)。このようなケイ酸塩液体がコア-マントル境界直上に残存しているとすれば、希土類元素などの液体に濃集しやすい元素を濃集する貯蔵庫として隔離されており、地殻・マントル中の元素濃度に影響を与えていると考えられます(すなわち、(地殻・マントル) + (貯蔵庫) = (地球のケイ酸塩部分全体))。実際、マントル由来の岩石に含まれる143Nd(=147Smの放射壊変由来の同位体)/144Ndと176Hf(=176Luの放射壊変由来の同位体)/177Hfはマントルアレイと呼ばれる相関を示す一方で、BSE(地球のケイ酸塩部分全体の平均値)とは調和的でないことが知られており、これは地球の内部に高Sm/Ndあるいは低Lu/Hfの貯蔵庫が存在することを示唆していることが指摘されています。この指摘の真偽を定量的に議論するためには、高圧下でのブリッジマナイトをはじめとする主要鉱物とケイ酸塩液体間の希土類元素(Nd・Sm・Lu)及びHfの分配挙動を理解する必要があります。しかし、高圧実験を行った回収試料中の微小な鉱物・ケイ酸塩液体相の微量元素の濃度を定量することが困難であるため、これまでの研究ではマルチアンビルプレスで実験可能な圧力条件(<27GPa)でしか、微量元素の分配実験は行われていませんでした。そこで本研究では、レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセルを用いて微量元素の鉱物-液体間の分配実験を下部マントルの底に相当する圧力を含む条件で行い、微小な試料中の元素濃度を高感度で測定できる北海道大学の同位体顕微鏡システムを利用して回収試料中の微量元素濃度の測定を行うことで、下部マントル全体の圧力条件で分配係数を決定しました。 その結果、24GPaで行った実験でLa・Nd・Smについてはケイ酸塩液体に濃集しており、Lu・Hfについてはややブリッジマナイトに濃集する傾向を示し、これはマルチアンビルプレスで行われている先行研究の結果と一致しました。一方で、91 GPa以上の実験ではLa・Nd・Smと同様に、Lu・Hfもケイ酸塩液体に濃集する振る舞いを示しました。 さらに、24GPaではLuとHfの分配係数D(=ブリッジマナイト中の濃度/液体ケイ酸塩中の濃度)はDLuDHfとなることが明らかになりました。この結果を考慮すると、ベーサルマグマオーシャン仮説で示唆されるように、ケイ酸塩液体がコア-マントル境界直上に存在する地震波低速度異常領域を形成していた場合、その液体は低Lu/Hfの物質を貯蔵することが期待されます。本研究の結果から定量的な議論を行い、地球マントル深部に存在する地震波低速度異常領域のうちULVZsと呼ばれる領域が地球深部の同位体の貯蔵庫であるとき、上述の「マントルアレイとBSEの不一致」の問題を説明することができることが分かりました。(小澤 佳祐, PD)

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