コンドライト的なマントルの融解相関係と固液分離に関する実験的研究(2024.3.30)

これまでの地震学的観測や地球化学的研究によって地球のマントルには大きな不均質性があることが知られています。たとえば、液相濃集性の元素に枯渇し、均質な組成をもつ中央海嶺玄武岩の組成は高度に分化した上部マントルの存在を示しています。一方で、液相濃集性の元素に富み、始原的な希ガスを多く含む海洋島玄武岩の存在は下部マントルにある比較的未分化な領域の存在を示唆しています。これらは地球形成期において、マントル深部に液相濃集性元素の貯蔵庫が形成された可能性を示唆しており、地球形成期に存在したであろうマグマオーシャンの固化過程における固液分離機構はこの問題を解くうえで非常に重要です。
マグマの結晶化には晶出した鉱物が溶融領域から分離しながら結晶化が進行する分別結晶化と晶出した鉱物が溶融領域に留まる平衡結晶化の2つがあります。マグマオーシャンの対流が激しく、鉱物とマグマが良く撹拌される領域では平衡結晶化が進行すると考えられており(e.g., Solomatov, 2015, Treatise on Geophysics)、特に下部マントル領域では平衡結晶化が卓越したとも考えられています(e.g., Ballmer et al., 2017, G-cubed; Xie et al., 2020, Nat. Commun.)。平衡結晶化を考えた場合、固化が進むに連れ、固相の割合が60体積%にまで達した場合、固相部分が互いに連結し部分溶融領域が単相としてふるまうようになることで対流速度が劇的に低下し、Rheological transitionが起こると予想されています(e.g., 阿部, 1991, 鉱物学雑誌)。このとき、相全体の対流速度と固液間の密度や粘性といったパラメータの兼ね合いで液相部分は浸透流により固相から分離します。とりわけ、浸透流の質量流速は液相の割合がRheological transitionが起こるとされる40体積%で最大となります。したがって、平衡結晶過程においてRheological transition付近での固相と液相の組成の違いがマグマオーシャン固化過程で生じる化学的不均質性を考えるうえで重要になります。こうした概念は阿部(1991, 鉱物学雑誌)などで詳しく述べられており、最近では放射光X線ラジオグラフィーを用いて液相が30~40体積%付近でRheological transitionが起こることも確認されています(e.g., Pierru et al., 2022, Sci. Adv.)。
平衡結晶化におけるRheological transitionの存在は融解の程度に応じた固相液相の化学組成を制約することの重要性を意味しますがこれまでの融解相関係はこれらの点について明らかにしておらず、Rheological transition付近の固相と液相の化学組成や密度の違いについては全くわかっていませんでした。そこで私は地球のマグマオーシャン固化過程における固相と液相の化学組成が融解の程度(液相の割合)によってどう変化するのか実験的に調べることにしました。
難揮発性の親石性元素の同位体類似性からエンスタタイトコンドライトから成るマントル組成(Javoy et al., 2010, Earth Planet. Sci. Lett.)を出発試料に選び、平衡結晶化が起こっていたであろうと推測されている下部マントル圧力条件の最上部に相当する23 GPaでマルチアンビル高圧発生装置を用いた実験を行いました(Kuwahara, 2024, Phys. Int. Earth Planet.)。実験結果は液相からブリッジマナイトが晶出し、その割合が増加するにつれて液相中の鉄とカルシウム濃度が増加し、Rheological transition(本研究では40体積%付近を仮定)では鉄濃度がFeO換算で約17質量%に達することがわかりました。このような液相と共存するブリッジマナイトのFeO量は10モル%程度であり、密度計算からRheological transitionで分離した液相はブリッジマナイトよりも軽く、上昇することが示唆されました。一方で、マントル遷移層圧力条件下ではFeOを10モル%含むメージャライトよりもこのマグマは重く、マントル遷移層の底に溜まる可能性があることがわかりました。こうした滞留層は液相濃集性元素に富んでいたはずであり、上部マントルから枯渇した液相濃集性元素の貯蔵層になりえると考えています。今後、この液相濃集元素と鉄に富むマグマが完全に固化した後の行方を詳しく調べる必要がありますが、周辺のマントル鉱物に比べて鉄に富むことからその後のマントル対流によってマントル深部に沈降した可能性があると考えています。 (桑原 秀治)

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