惑星内部における(Mg,Fe)O粒界の機械特性と熱力学特性(2024.4.26)

地球型惑星のマントル対流とそれよって引き起こされるプレートテクトニクスは、マントル岩石の塑性変形によって支配されています。この変形は、鉱物の結晶格子中の欠陥(格子欠陥)のミクロな運動によって生じることが知られており、従って格子欠陥の圧力下での物理的性質は、地球のような惑星内部のダイナミクスに大きな影響を与えると言えます。
愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターとユトレヒト大学地球科学部の共同研究チームは、大規模並列計算機を用いて第一原理量子力学シミュレーションを実行し、惑星深部の極高圧力下での粒界の未知の挙動に新たな光を当てました。特に本研究では地球の下部マントルで2番目に多く、また地球型太陽系外惑星スーパーアースのマントルにおいても豊富に存在すると考えられている鉱物である(Mg,Fe)Oフェロペリクレースの傾角粒界の機械特性と熱力学的特性について調べました。第一原理計算法の基礎をなす通常の密度汎関数理論に加え、鉄原子の電子状態をより高精度で記述するために内部無撞着LDA+U法と呼ばれる特別な計算手法も適用し、シミュレーションの高い信頼性を実現しました。
シミュレーションの結果、地球型惑星内部における非常に高い圧力条件では、結晶粒子間の変形を支配する粒界運動のメカニズムが圧力によって強く影響を受けることが見出されました(図)。惑星マントルの深部では、高い圧力によって結晶粒界面の構造変化が引き起こされ、この構造変化が結晶粒界運動のメカニズムや方向を変える引き金となります。また、これに伴い数百万気圧の圧力下において粒界の著しい機械的脆弱化が生じました。通常高い圧力が加わると、物質中の原子の配列が稠密になり、物質はより固く変形しにくくなると思われますが、今回得られた結果はこの直感的な概念に反するもので、世界的にも初めて得られた興味深い発見と言えます。シミュレーションの詳細を解析することにより、この粒界の脆弱化現象は、非常に高い圧力下において粒界が運動する間に、粒界の遷移的状態の構造が変化することによって生じることが分かりました。本研究ではこれらの結果に基づき、スーパーアースなどの太陽系外惑星では、マントルの深度が増加するにつれて構成物質の粒界弱化により粘性が低下するという、従来の惑星深部ダイナミクスの概念を覆す新たなモデルを提案しました。
本研究では、さらにバルクと粒界間の鉄原子の分配挙動について、熱力学的モデリングを行いました。その結果、高温高密度の地球下部マントルに存在する多結晶フェロペリクレースにおいて、結晶粒径が鉄の粒界偏析を制御する重要な因子となることを明らかにしました。2価の鉄イオン(Fe2+)は地球内部の高い圧力下で磁性を持つ状態から磁性のない状態へと変化する電子スピン転移を起こすため、MgOペリクレースに鉄イオンが含まれ(Mg,Fe)Oフェロペリクレースとなると、密度や地震波速度などの物理的性質が大きく変化することが知られています。しかしこれまでのところ、粒界内のFe2+イオンのスピン状態に関する研究はまったく行われていませんでした。今回のモデリングにより、フェロペリクレースの傾角粒界に濃集した2価鉄イオンの電子スピン状態は、高圧力下における粒界構造の変化に強く影響を受けることが明らかとなりました。すなわちマイクロメートル以下の小さな粒径を持つフェロペリクレース多結晶体中のFe2+イオンのスピン転移は、バルク内の鉄イオンに比べ数十GPa高い圧力で生じます。従って、鉱物の細粒化が生じるようなマントル内部の活発に運動している領域では、より安定であまり運動していない領域(そのような領域では鉱物の粗粒化が生じる)と比較して、フェロペリクレースに含まれるFe2+イオンのスピンクロスオーバーが数百km深部で生じている可能性があることになります。
本研究により、惑星マントルに相当する温度圧力条件における多結晶フェロペリクレースの流動特性および熱力学的特性に対する粒界の効果に関し、幾つもの新たな知見が得られました。地球惑星深部ダイナミクスの理解をさらに進めるためには、実験や電子顕微鏡観察と並んで、本研究のような理論的モデリングによる系統的な調査とデータの取得が重要となると考えられます。(土屋卓久)

Atomic-scale study of intercrystalline (Mg,Fe)O in planetary mantles: Mechanics and thermodynamics of grain boundaries under pressure. S. Ritterbex, T. Tsuchiya, M. Drury, and O. Plumper, Journal of Geophysical Research: Solid Earth 129, 5, e2023JB028375, doi:10.1029/2023JB028375

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